ミーティングで 自分の話をしはじめた。

すこしづつ、自分自身にも わからない

『かわ』をぬいでいこうとした。

1枚、そしてつぎの1枚も「見栄も、欲も…… 」

そして、すべて 『かわ』を ぬぎすてたなら、

きっと、

でも、そこにみたのはなにもない自分だった。

ぼくの「根っこ」にあったものは、


その頃 ぼくは、

『ぼく自身の しん 』を さがしてた。 


その頃のぼくにとって


自分が『玉ねぎ』みたいなものであることは


ある種、『おそれ』だった。


でも、


べつの人はおなじ発想から


べつの未来をおもう。

そんなある日、…


ミーティング帰りに一緒に歩いていた仲間が、


「ある人の本にね、おまえが話していたのとおなじようなことが書いてあった。

人はみな玉ねぎみたいなもんなんだってさ。 」と話しかけてきた。

 

「えっ、… そう。」


こんな時
 

ぼくは、いつもこんな風に答えてしまう、


『人は自分自身が玉ねぎみたいなもんなんだ。』と感じた時、

どう思うのか、その人はなんて書いているのか、…

ほんとうは知りたいくせに。

 

何日かして、ミーティング帰りに彼と一緒になった。


ぼくは生まれてはじめてみたいに思い切ってきいた。

 

「玉ねぎの話さ……、その本にはなんて書いてあったんだ。」


「あぁ、あれか 。」

 

「何も無いってことは、無限の可能性があるってことさ。」

 

「なにもないってことは、なんにでもなれるってことさ。」

 

「えっ。」


ぼくは立ち止まってしまった。


何日も、何日もたったあと、


ミーティングで『玉ねぎ』の話を思い出した時、


その時はじめて 


   ぼくは


Step.1』が希望をさしていると感じた。