新しい意味

「左の頬を叩かれたら、右の頬を出しなさい。」
聖書の中にある有名な箇所だ。
人を傷つけるのではなく、自分が傷を負うことを選択しなさいということを
指し示していると理解していた。
ご立派かもしれないが、こんなことはしたくはなかった。

左の頬を叩かれたら、右の頬を叩いてもらいなさいではないのだ。
左の頬を叩いてしまった人が、次に出された右の頬を叩くだろうか。
まず、殆どの人がたじろぐだけで、叩けないのではないだろうか。

「自分の姿勢を逆転させろ」と伝えたかったのではなかろうか。
誰かのあらが苦になって、その人を責めそうになった時、
自分の中にある同じものを良くする力にしていく。
人を大切にしたくなったら、まず自分を大切にする。
素晴らしい人を見たら、うらやましがるだけではなく、
自分にも真似できそうなことを見つけやってみる。

こんなことを伝えたかったのではないかと思えたら、
聖書のその言葉に愛着を持てるようになった。
何故かって?
だって、それは素直にやってみたいことだったから。