AAの一体性

ある仲間が「一体性」と「一体感」は違うんだと力んでいた。
どっちでもいいような気がしていた。
私が欲しいのは「一体感」だったから・・・

ミーティングでテーマとして出た時も、殆どの仲間は「一体感」の話をしてた。
そんな話を聞いていた初めての仲間が、
「私には皆さんが言うような一体性はまだわかりません。」と言ってた。
その時、私は始めて「一体性」の重要性を感じた。
その新しい仲間は、まだAAとの「一体感」は感じられないだろう。
でも、お酒を飲まずに生きていこうという願いを持って、
ミーティング場に来ているその新しい仲間も、AAの「一体性」の中にすでにいる。
だって、AAの一体性とは、飲まずに生きるという願いを持っていることだけだから。 

そしてその願いを持ってミーティングに来たり、AAの活動の中にいることだけだ。

もちろん、飲まないで生きていくために、様々な提案はAAの中にある。
けれども、それらは規則ではなく、ましてや強制でもない。
そうした一つ一つに全て沿うことが「一体性」だと勘違いしていた時もあったな。
全部に完璧に沿うなんてできなくて、悩んだこともあったっけ。
でも、それはAAが伝えようとしていた「一体性」ではない。
私の頭の中でコチコチに固めた、AAの名前を使った全体主義だった。

AAの一体性は、
飲まないで生きていこうという願いを持ち、
飲まないで生きるための行動をしていくことに始まって、
そのことに尽きるのだと今は確信している。