信じる(1)
最初からAAを信じたり、神を信じたりする必要はなにもなかった。
まず、最初に経験してみること、AAに行って見ることが大切でした。
信じられるどうかよりも、信じてみようとするかどうかでした。
ミーティングに行き続けていたら、飲まないでいられる自分があったからです。
信じるというより、すこし事実を知ったのだとおもいます。
信じる(2)
ミーティングのテーマが「信じる」と出されると、
本当にたくさんの仲間が信じることは難しいという話をする。
自分は信じることができないという話をしている。私もそうだった。

でも私が狂信的に信じていたことがあった・・・・「お酒の力」だ。
どれだけ自分の状態がひどくなっても、お酒の力にすがった。
歯が痛くても、頭が痛くても、風邪をひいても、不安になっても、
お酒を飲めば治ると信じて飲んでいた。
これって、アルコール依存症者なら誰でも猛烈に信じる力があるってことだね。

それだけしか信じられなかったんじゃない。
今歩いているこの地面が、今この時地震で割れやしないかなんて疑ってない。
明日の朝が来ること、空気が必ずあること、お金を払えば物を買えること、
どれだけのことを当たり前のこととして信じて暮らしていることか。

自分が注目しているほんのいくつかのことが信じられないことで、
私は信じることができない人間だと思い込んでいたんだ。
気にかけていないことは、全て信じきって委ねて生きていたのに。

顕微鏡の中を覗いて、その中だけしか見ないで、
世の中はこうなんだと私は思い込んでいたことになる。

だけど、ほんの少しの信じられないことで不安になるのも本当なんだよね。
そんな時は、顕微鏡から目を離して、周りを見渡して見ればいいのかな。
信じる(3)
   
信じられる人と信じられない人がいるのではない。
信じようとしてみる人と信じようとしてみない人がいるだけだ。

また

信じられるか、信じられないかは、神様の仕事だし
信じようとしてみるかどうかは、人間の仕事だとか。

信じられるかと問いかけられると返事に困る。

でも、信じようとしてみないかと言われたら、
やってみてもいいかなと思えるかも……